小塩真司・平野真理・上野雄己(編著),2021年,金子書房
目次
第Ⅰ部 レジリエンスの概念と測定
第1章 レジリエンスとは
第2章 危険因子と保護因子
第3章 レジリエンスの測定
第4章 レジリエンスに関連する心理特性
第Ⅱ部 レジリエンスと臨床・教育
第5章 臨床場面でのレジリエンス
第6章 教育場面でのレジリエンス
第7章 レジリエンス介入の試み
第8章 養育とレジリエンス
第Ⅲ部 レジリエンスと日常生活
第9章 レジリエンスと人間関係
第10章 レジリエンスとライフキャリア
第11章 レジリエンスと身体活動・スポーツ
第12章 レジリエンスと生涯発達
第13章 レジリエンスと社会
※ より詳細な目次は金子書房のウェブサイトで確認できる。
レジリエンスは,パーソナリティ心理学や健康心理学などの研究領域を超えて認知されている概念の一つであり,一般的には「困難から回復する,乗り越えるために必要なポジティブな個人的特性」として知られているようである。また,レジリエンスの向上は企業や教育機関における人材育成やアスリート育成の標語や目標として掲げられている事例も見受けられる。しかしながら,レジリエンスに関しては「どのような状況であっても高いことが望ましい」,「とにかく高めてストレスに強くなることが良い」といった一義的な解釈がなされることがあり,レジリエンスを向上させる手段の一つであるレジリエンス・トレーニングが,そのような偏った文脈に沿って実施されてしまうこともあるようだ。レジリエンスのみならず,個人の持つ向社会的な特性や要因に焦点を当てた,あるいはその定義自体に比較的ポジティブな内容を含んだ心理的要因は,研究領域を出ると上述のように扱われる機会が多くなっているように思える。
本書『レジリエンスの心理学』は,概念を多面的に理解することができるように,様々な領域で活躍されている研究者が各章を分担執筆しており,レジリエンスを取り巻く上述のような状況を解決する一助となる書籍であると考えられる。全編を通じて研究知見に基づいた客観的な記述がなされているが,心理学系の専門書と比較すると平易な文体で説明がなされているため,心理学の専門家でない,あるいは研究者でない読者にも読み進めやすい書籍になっている。加えて,取り扱われているテーマも多岐にわたっており,教育関係者,養育者,そしてアスリートなど,レジリエンスが関連を持つ領域の多様な読者層の関心に沿うものであるといえる。本書の大まかな構成は以下のようになっている。
まず第Ⅰ部はレジリエンスそのものについて,その概念が見出された社会的背景から,心理的な不適応状態からの回復としてレジリエンスが生じる,あるいはその回復に寄与する心理的な過程の説明,さらには様々な測定尺度とその分類などに触れながら説明がなされている。研究者とそれ以外の読者にとって,一見理解しやすいように思えるがその実は複雑で多様な概念であるレジリエンスについて,再度整理して捉えなおすために必要な情報がまとめられている。続く第Ⅱ部では,臨床と教育の場面においてレジリエンスの概念を取り扱うことがどのような意味を持つのか,具体的な事例も挙げながら解説されている。さらにこのセクションでは,レジリエンスへの介入についても研究知見に基づいて説明されており,臨床や教育の現場においてレジリエンスの概念を応用しようという読者に対して有益な情報が提示されている。最後に第Ⅲ部では,日常生活においてレジリエンスが果たしている役割や,レジリエンスに対して関連を持つ社会的な要因が紹介されている。人間関係やライフキャリア,身体活動といった比較的日常的なテーマとレジリエンスの関係について理解することで,レジリエンスをより身近で現実的な概念であると実感することができる。このように,本書はレジリエンスの理論枠組みという全体の内容にかかわる説明から,日常生活への適用といったより具体的な話題へと,章を追うごとにその個別性を高めながら展開することによって,科学的でありながらも読者自身の主観に落とし込むような形でレジリエンスを理解することができる構成になっていると考えられる。
本書のなかでは,目次の前に「まえがき」,第Ⅲ部の後に「あとがき」が配されており,レジリエンスを取り巻く研究内外の現状とそれを受けて本書が執筆された背景について書かれている。これらの箇所を先に読んだうえで各章の内容を読み進めると,本書のなかで一貫して言及されている「レジリエンスは一義的に理解し,取り扱うことのできる概念ではない」という主張が,どのような経緯からなされているのか理解できるように思う。例えば,レジリエンス介入を取り扱った本書の第Ⅱ部第7章では,『レジリエンスは特効薬でも,万能薬でもないため,過剰にレジリエンスへの効用を期待すべきではありません。(pp. 68)』,レジリエンスと社会とのかかわりを取り扱った第Ⅲ部第13章では『レジリエンスの多様性を受容する寛容さと共考の仕組みを持った全体社会が,真にレジリエントな社会だと考えます。(pp. 136)』という表現がなされている。これらの主張は,前述したようなレジリエンスに対する偏った理解に対して警鐘を鳴らすものであり,レジリエンスの応用について検討する際に留意すべき規範となるものであると考えられる。本書ではこのような見解について,複数の研究者によって多様な観点からそれぞれの言説をもって言及されることで,その提言がより説得力の高いものとなっている。レジリエンスを取り扱った書籍は多く見受けられるが,それらに先んじて本書を読むことで,レジリエンスの本質を見失うことなく情報を取捨選択し,関連書籍やレジリエンスに関する情報を正しく読み解くための準備性が整えられるのではないだろうか。
心理学のなかでもパーソナリティは個人に近しいテーマであり,多くの人が興味関心を寄せやすい領域の一つであるといえる。それゆえ,過大解釈や誤解,研究領域と一般における理解の乖離が生じやすいとも考えられる。そのようななかで本書は,レジリエンスに対する多面的な理解を促進し,これらの諸問題の解決に寄与するという重要な役割を果たす書籍である。
謝辞
今回の図書紹介を執筆するにあたり,本書の編著者の一人であり,パーソナリティ心理学会の会員である上野雄己先生(東京大学大学院教育学研究科附属学校教育高度化・効果検証センター)にお時間をいただき,レジリエンスという概念の取り扱いに関する昨今の状況や,本書の執筆にあたり著者の先生方が意識し,配慮された内容などをお伺いさせていただきました。上野先生のご協力に心から感謝申し上げます。
(文責:嘉瀬貴祥)
(2022/6/1)