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心理尺度構成の方法――基礎から実践まで

(小塩 真司(編)2024年,誠信書房)

目次

まえがき
第1章 心理尺度とは何か
第2章 心理尺度の形式
第3章 心理尺度構成の手順
第4章 心理尺度を用いた調査の実際
第5章 心理尺度における信頼性
第6章 心理尺度の妥当性
第7章 信頼性と妥当性の相互関係
第8章 心理尺度構成のための統計手法
第9章 心理尺度の構造と得点化の方法
第10章 反応バイアスの検出と補正
第11章 短縮版心理尺度の開発と意義
第12章 心理尺度構成を報告する際に考えるべきこと
第13章 臨床現場に役立つ心理尺度の特徴
第14章 心理尺度の功罪
第15章 心理尺度開発の実例:オリジナル尺度
第16章 心理尺度開発の実例:翻訳版尺度
 

心理学者の多くは,研究計画を立案する際,まず,当該研究で扱おうとしている概念や事柄を測定できる既存の心理尺度が存在しないかを何気なく探すことは少なくない。本書の1章で述べられているように,目には直接見えない曖昧な概念や事柄を定量的に可視化し,得られたデータの相関関係や因果関係を推定するための便利なツールである心理尺度は,多くの心理学者にとって,研究遂行上,必要不可欠な存在であろう。これまで,心理尺度の構成や使い方,実例にかかわる内容は,心理学研究法の入門書や諸領域の心理尺度集などで部分的に記述がなされてきたが,本書は,豊富な引用文献に基づき,心理尺度の開発に関する基本的な知識や使用にあたっての方法論的な技術を概観したうえで,心理尺度のもつ有用性や利便性を幅広く解説している心理尺度構成に特化した数少ない専門書である。また,本書全体を通して,心理尺度が「万能なツールであるというわけではない」(本書の言葉を拝借すると「代理としての指標」である)というメッセージのもと,統計解析や得点の解釈などにおける種々の限界にまで詳細な言及がなされ,留意事項や対応策が厚く記されている点にも特徴がある。

本書は,まえがきと全16章で構成され,心理尺度の形式や構成の手順といった基礎から,信頼性・妥当性の検討方法や必要な統計手法といった実践,さらには短縮版・翻訳版の開発やそれらの実例といった応用まで,読者が迷子にならないよう,幅広く心理尺度構成の道筋がガイドされている。本記事では,誠に勝手ではあるが,特に筆者の印象に残った1章,4章,10章,14章の内容を取り上げてみたい。

1章では,前提の知識として,そもそも心理尺度とは何か,という本書を読み進めていく中での根幹をなす議論が丁寧に展開されている。心理尺度が測ろうとする構成概念とは何なのか,心理尺度の活用にはどのようなメリットがあるのか(労力が少なく簡便であることや代替的な手段として機能することなど),心理尺度のもつ基本的な性質とは何なのか(連続量であることや直線的な変化を前提とすることなど)が例をもとにわかりやすく述べられており,初学者に特におすすめの章である。

4章では,心理尺度を用いて実際に調査を行う際の方法や注意点が網羅的に述べられ,本書の中で最も頁数が割かれている必読の章である。近年は,調査会社への外部委託やクラウドソーシングサービスを用いたオンライン調査の形態も普及しているが,本章ではそうした利便的な面に触れるだけでなく,サンプルの偏りや回答データの質,すなわち,努力の最小限化(satisficing)の問題といった不便な面についても議論がなされている。そのうえで本章では,サンプルサイズ設計や倫理的配慮,質問票のレイアウトや調査実施後のデータセットの整理の仕方まで,調査設計の手順がわかりやすく紹介されている。本章でも述べられているように,心理尺度の開発を目的とした調査に限らず,既存の心理尺度を用いた調査研究を実施する際にもぜひ参照したい章と言えるだろう。加えて,事前登録(pre-registration)や仮説検証型研究における問題のある研究実践(QRPs)にも言及がなされており,近年の心理学的研究の動向のキャッチアップとしても有用である。

10章では,心理尺度を用いた調査の際に問題視される反応スタイル/バイアスに特化した内容が示されている。心理尺度を開発/使用する際に,しばしば研究者を苦しめるのがこの反応スタイル/バイアスの問題だろう。本章では,中間反応(極端な回答を避け中間的な回答を好む傾向)や黙従反応(項目内容に関係なく,盲目的に同意する傾向)などのいくつかの反応スタイル/バイアスの定義と特徴を紹介したうえで,その原因と対処法が国内外の豊富な知見に基づき論じられている。本章で述べられているように,心理尺度の開発にあたっては,調査設計上の事前の配慮と統計モデルによる事後的なバイアス検出の2段構えの対応が必要であるが,当然のごとく,その背景にある事情を理解できていなければ,十分な対応は難しい。その点,本章は,他の専門書ではあまり類を見ないほど,反応スタイル/バイアスにかかわる理論と実践が丁寧にレビューされており,まさに,痒いところにも手が届く章である。

14章は,「心理尺度の功罪︎」と,何ともキャッチーなタイトルが付けられている。ここでは,Dark TriadとBig Fiveパーソナリティが引き合いに出され,心理尺度の開発や短縮版・翻訳版の開発,およびその応用によって,当該概念の議論が飛躍的に進展したことが述べられており,著者の心理尺度への想いすら感じ取ることができる。対して,しばしば一つの概念に対しても数多くの心理尺度は存在し,その質に対する懸念なども本章では紹介されている。そのうえで,筆者が,本章,ひいては本書全体における強いメッセージと読めたのが,冒頭でも記した「代理としての指標」とそれに関連した「測定執着」という項である。独立変数,従属変数,媒介変数,調整変数と様々な役割を担うことができる(できてしまう)心理尺度は,あくまで代理的な指標であって,心理尺度の得点が当該概念そのものを示しているわけではない。本章でも,レジリエンスや学力テストを例に言及がなされているように,本章は,いわゆる「心理尺度のひとり歩き」,そして,測定に過度に依存することによる概念や事柄の「解釈の単純化」に対する警鐘とも読めるだろう。自戒の念も込めて,心理尺度の功罪を両側面から理解することの重要性を再確認できる非常に興味深い章である。

以上,憚りながらも筆者の関心に基づき,本書の一部の章を紹介させていただいた。本記事で取り上げることができなかった章についても,心理尺度構成を学ぶうえで不可欠な解説が丁寧に展開されているため,ぜひ実際に本書を手にとっていただきたい。また,冒頭にも述べたように,本書は,心理尺度構成にかかわる種々の限界と対応する留意事項が各章で示されているため,従来の尺度開発論文で記されているような「限界と今後の課題」を本書一冊で幅広く把握できるという便利な機能も含んでいる。

最後になるが,本書は,心理尺度をこれから新たに開発/翻訳しようとする研究者のみならず,多様な文脈で開発されてきた既存の心理尺度を活用するすべての研究者にとっての,確かなバイブルとなるに違いない。そして,決して「万能ではない」心理尺度の基礎と応用,実践を学ぶうえで,「何を測っているのか」を問い直すきっかけを与えてくれる本書は,学びのツールとして「万能である」と言えるだろう。本書を通じて,心を測る営みの面白さと奥深さをぜひ多くの方に感じてほしい。

(文責:豐田隼)

(2025/11/1)