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インタビュー企画20:西川隆蔵

第20回は帝塚山学院大学の西川隆蔵先生にインタビューをさせていただきました。インタビューでは,先生が心理学の道に進まれたきっかけや現在のご関心,そして若手研究者へのメッセージなどをお聞きしました。

――はじめに心理学に進まれたころから,研究テーマを選ばれた時のことまでについて教えていただけますか?

関学で心理学を学び始めたときに,たまたまロールシャッハを専門にしている先生の話を聴いて,その先生のゼミに入ったのがきっかけです。大学では心理検査の勉強をしていましたが,その頃はちょうど投影法の心理検査が流行りだしたころでした。もちろん,まだコンピュータで数量的なコード化をするような手法は発展しておらず,関西では阪大法が盛んな時期でしたので,それを習っていました。今でこそ,コンピュータで統計的な分析をするのはとても簡単ですが,その頃は大量のパンチカードの束を持って,京大のセンターまで行って,分析をしていたのを覚えています。
大学を出てからは,電電公社(現在のNTT)に入って,アセスメントの業務をしていました。その頃は,まだ電話交換手という仕事があり,肩が凝ったり腕が痛くなったりするなどの職業病が問題となっていた時期で,私は,ロールシャッハなどの心理テストをとって,その人たちの精神構造を調べる業務をしていました。もちろん当時は臨床心理士などの特別な名前もなく,パラメディカルのスタッフとして,作業療法士さんや看護師さんと一緒に仕事をしていました。

――それで最初はロールシャッハのご研究をされていたのですね。

そうです。ロールシャッハを使った研究も多かったこともあり,M反応を中心とした研究をしていました。そこから創造性・創造的態度の研究,そして創造性に寄与するパーソナリティ要因としての開放性の研究へと展開していったわけです。その頃は,ロジャーズやロキーチの考え方に基づいて,尺度を作るなどの実証研究をしていました。
パーソナリティの開放性―閉鎖性についての研究は,博士論文にまとめてからは少し離れてしまいましたが,今は,システム論的な見方や生態学的な見方に興味を持っています。人間は開放系のシステムで,外から自由にやりとりが出来るという捉え方ですね。そのような捉え方は,私も昔から漠然と持っていたとは思うのですが,研究の中では十分に表現できず,つかみそこねていた側面があったと思います。最近は,私が研究してきた開放性の概念も,このシステム論的な見方でつかめるのではないかと,と思えるようになってきました。

――心理学の中でのパーソナリティ研究への思いをお聞かせいただけますか?

これまでのパーソナリティ研究の多くは,ギルフォードなどの特性論的な研究やフロイトの心の構造論などから出発した,個体内の特性研究だったわけですが,個体内だけでなく,もう少し関係性に重点を置いて人を眺めるような視点が必要だと思いますね。おそらく,これからは,生態学的心理学とかシステム論に見られるような関係的な見方へ移っていくのではないでしょうか。臨床では対象関係論などが早くからあるわけですが,パーソナリティ研究は,関係性の部分はなかなかつかまえにくいところがあるので悩ましいのですね。
私自身もずっと調査研究をしてきましたので,今でも数量的な調査をしたいという衝動に駆られるときもあるのですが,自分が今考えているパーソナリティ観を研究にどのくらいのせることができるかを考えると,なかなか難しいところで,歯がゆい思いもありますね。
また,自分の考え方の根本には,対立的にものを捉えるという視座があるように思います。たとえば人が左に行きたいと思っていても,いつしか右の方向性が芽生えてきて,そこで葛藤が生まれ,そしてその葛藤からまた一段高いところへ上がっていくというようなイメージです。そして,それが,システムが発展するということなのだと思います。それは個人でも社会でも一緒だと思うんですね。パーソナリティとか,その発達的変化を見ようとするとき,そういう見方が必要ではないかという気がしますね。

――先生のご研究を拝見しておりますと,開放性―閉鎖性に関する研究に代表されるように,初期のお仕事からそのような見方が根底にあったように感じます。

そうですね。それに,発達の見方には,多重構造的に発達していくという見方と,総入れ替え的に変わっていくという見方がありますが,私自身は,古いものも残りつつ,新しいものがそこから出てくるという見方の方が親和性がありますね。

――先生の今後の展望について聞かせていただけますか?

以前は,数値から何が読み取れるか,ということをめぐって研究をしてきたわけですし,もちろん昔はそのような研究が主流だったのですが,そこに含まれる意味などの根底にあるものについて考え出すと,数量的な研究というのがなかなかできなくなってきたように思います。
もう少し,システム論的に,自分なりのパーソナリティ観を整合性のあるものにしていきたい,というのが展望としてあります。なかなかシステム論的な見方を取り入れた研究をするのは難しいとは思うのですが,数量的な調査研究は大変なので,まずは個性記述的な研究などで形にしていければ,という淡い目標はありますね。
最近は,臨床的なことにも関わっていますが,患者さんの姿をシステム論的な視点から見直すことで,その人の苦しみにも人間味を感じるというか,むしろ,その苦しみをそのまま見ているだけでいいのではないか,という気持ちになれたり,見取りが少しできたりするというところが出てきました。その人の悩みや葛藤そのものが自然に見えてきて,それを無理に開放してあげる必要もなく,その人の中で克服していくことができるのではないか,という見方ですね。
ネガティブな現象は,その人の成長にとってはある意味では必要な体験であることもよくあると思います。ポジティブなものにネガティブなものが包みこまれていくのが人間の成長と言えるのかもしれません。
そういうことも踏まえながら,一人の人の生きる意味も,その人が生きている状況も含んだ見方をしていきたいと思いますね。

――最後に若手研究者へのメッセージをお願いいたします。

心理学は哲学などと比べると,生身の人間に沿ったものだと思います。
(自戒の意味も込めつつですが)現実の人間に喜びを与えられるような方向性を持っていてもらいたいと思いますね。現実から遊離しないで,どれだけ社会や人に研究を還元できるかということを意識しながら,自分がやっている研究を眺める,ということが大事だと思ったりしますね。
量的な研究をしている人も,そういった思いを言語化・文字化するというトレーニングが必要だと思いますし,そういうことをしていれば,もっと違う世界が開けてくるのではないかと思います。
そして,生身の人間に密着した研究をするなら,光の部分と同時に影も見るというように,全体的な眺めを意識するということも必要になるのではないでしょうか。たとえば,幸福についての研究をするなら,不幸も抱き合わせで見ていくべきで,そのような対立や葛藤,そしてそれを超えたところまでを含んだ見方を意識するということですね。そこには常に悩みもあると思いますが,悩みを抱えつつ研究するのが,研究者として大事な姿勢なのではないか,と思っています。

今回のインタビューは,西川先生の研究室でさせていただきました。ここにまとめた内容も含め,たくさんのお話を伺うことができましたが,とりわけ研究者の姿勢についてのお話は,私自身も反省し,また鼓舞されるところがあり,生身の人間に沿った研究を進めていきたいという思いを新たにすることができました。お忙しい中,お時間をいただき,誠にありがとうございました。