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インタビュー企画24:戸梶亜紀彦

第24回は東洋大学の戸梶亜紀彦先生にインタビューをさせていただきました。インタビューでは、先生が現在取り組んでおられる研究テーマや、そのテーマに注目したきっかけ、今後の取り組み、若手研究者へのメッセージなどをお聞きしました。

――はじめに、先生が現在取り組んでおられる研究についてお教えいただけますでしょうか。

これまで、感情(特に感動)と動機づけに関する研究を主に行ってきました。最近は、この両者を絡めて、感動体験が動機づけに及ぼす影響について、社会人を対象に職場の文脈で研究しています。七五三現象と呼ばれる若年層の早期離職傾向という社会的な問題があり、国はその主な原因を職場での不適応と捉えて対策を講じているのですが、この問題は改善されずに継続しています。そこで、この問題について、不適応も関連していると思われますが、職務動機づけが高まらないことの方がもっと問題なのではないかと考え、このテーマについて検討をはじめました。また、なぜ感動体験を持ち出したのかというと、感動することをとおして動機づけが高まるということが、私が行ったいくつかの研究において示されたからです。特に、社会人が仕事の文脈で感動体験をしたときに動機づけを高めるという傾向が顕著だったことが大きいです。

――職場で感動を体験して、それが仕事へのやる気につながるって、素敵ですね。仕事がたいへんでも、そこに感動できるような体験があれば、やる気を失わずにいられそうです。
――現実に起こっている問題に対して、ネガティブな側面を軽減するだけでなく、ポジティブな側面を増やすことで解決を目指すアプローチは、ポジティブ心理学の考え方と通じるところがあると思います。先生が、人間のポジティブな側面に注目なさったことは、何かきっかけがあったのでしょうか?

かつて、臨床の現場で働いていたことがあります。そのときは、やり甲斐もありましたが、それは一定の成果が明確に現れたときであり、それ以外のほとんどの時間を他人の人生のダークサイドに触れることが多々あり、重い気分になることがよくありました。通常の平穏な人生でないさまざまなケースに接する中で、自分の適性は臨床ではなく研究の方ではないかと思い、元々臨床と実験の両方をやっていたので、研究の方にシフトしました。はじめて教員となった際には、心理学の教員ではなくコンピュータ言語の教員でプログラミングを教えました。同じ所属の先生方は数理経済の先生を除いてすべて工学系の方々でした。そのような中で、経営工学のような学会に入会し、心理学とは異なったアプローチを目にする中で、基本的な人間観の違い(生身の人間に対する意識の差)に気づきました。元々、感情研究をやっていたため、余計に人間らしい側面ということで以前よりも感情研究への興味が強まり、加えて、心理学においてネガティブ感情に着目した研究が多い中、ポジティブ感情も研究の余地があるのではないかと考えるようになりました。また、当時の感情研究が気分を扱うことが多く、自分のやりたいこととズレがあると感じていました。そのようなときに、ふと感動という感情が頭をよぎりました。いろいろ調べた結果、日本語の感動と一致する英語表現はなく、実証的研究もほとんど行われていないことが判明しました。そこで、感動研究を始めてみようと決意しました。初期には、文献がほとんどなかったことから、自身で感動体験の自由記述について内容分析を行い、感動喚起のメカニズムや必要条件などを検討しました。このとき、先行研究が少なかったことから発見が沢山あったこと、そしてポジティブ感情を研究対象としていたため、研究をしていても暗い気持ちにならず、むしろ楽しくて仕方がなかったことを覚えています。このような経緯で、ポジティブ感情に注目するようになりました。

――心理学の研究で扱われている人間観について、「心理学」という領域や、「研究」という取り組み以外の視点から考えるご経験が、先生のご研究の背景にあったのですね。感動についてのご研究をされる中で、先生ご自身が明るい気持ちになり、それが研究へのモチベーションに繋がっているというお話には、個人的に強く共感しました(私もポジティブ感情の1つである「感謝」をテーマに研究していて、こちらまで明るい気持ちになることが多いです)。
――今後は、(研究も実生活も含め)どのような取り組みをお考えでしょうか。

研究の方では、昨年度までの研究で若年層(18~34歳)が仕事上での動機づけを高める一般的な感動体験の内容が分かってきましたが、その中で見解の分かれる体験がありました。それは、仕事上での失敗体験です。職務上での失敗をしてしまうことで意気消沈してやる気をなくしてしまう人と、気持ちを引き締めて次は失敗しないよう努力し、失敗を克服して成功体験を味わうことのできる人がいます。この両者の違いを生み出しているメカニズムについて検討し、後者の人を増加させるための方法について考えていく予定です。
一方、実生活の方では、自らいろいろな感動を体験したいと考えています。最近は、ネットでさまざまな情報にアクセスできるため、リアルに体験せずに行ったつもり、分かったつもりになっている人が増えています。しかしながら、やってみて初めて実感として気づくことは沢山あります。リアルな体験だからこそ本当の感動体験が味わえると考えています。また、最近のトレンドは、何かを実施したり取り組んだりするにあたり、多くの事柄において容易性、単純性、効率性、即時性、即効性、快適性などといったことが強調され、アピールポイントになっています。これらは技術の進歩という意味では評価できるでしょうが、感動体験とは対極の要素を持った事柄であり、感動する機会が減少していることにつながっていると考えています。感動体験は、容易にはできないことを苦しみつつ時間を費やしながらも努力してやり遂げるからこそ、本人にも周囲の人にも単なる喜びを超えた感動を感じさせるのだと考えています。また、そのような経験がある人は、同様の状況にある他者に対しても共感的に理解できるため、心から応援したり援助したりという行動が発現しやすくなるので、住みやすい世の中につながっていくのではないかと思います。私自身も3年前からフルマラソンに出場していますが、今後もいろいろなことにチャレンジして、いろいろな感動を味わい続けることが実生活での目標です。

――最後に、若手研究者へのメッセージをお願いします。

研究も論文執筆もスマートに行うことが出来れば、それはそれで格好良く望ましいことではあると思います。ですが、なかなか思ったような結果や成果を得ることができない人も、多くいると思います。そのような状況にあったとしても、地道に努力を続けて目標に近づいていって欲しいと思います。たとえ遠回りをしたとしても、苦労して乗り越えたことから学ぶことは多く、必ず本人の財産になります。何かに失敗した場合も、同様です。次は同じ失敗をしないよう反省し、研鑽を積んで目標に近づきながら、いろいろな感動体験を味わってください。

――いろいろなことがスマートに行えることと感動体験とが対極にあるというお話に、とても刺激を受けました。研究活動でも実生活でも、感動が味わえるような、実りある努力を続けたいものです。お忙しい中、貴重なお話をいただき、ありがとうございました。