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インタビュー企画25:安藤寿康

第25回は慶應義塾大学の安藤寿康先生にインタビューをさせていただきました。インタビューでは、先生が現在取り組んでおられる研究テーマや、そのテーマに注目したきっかけ、今後の取り組み、若手研究者へのメッセージなどをお聞きしました。

――まず,先生が心理学や行動遺伝学という学問に興味を持たれたきっかけや時期について教えてください。

高校生の時,当時開催されていたモントリオールオリンピックで女子体操選手のナディア・コマネチの完璧な演技を目の当たりにしました。また昔からピアノが好きだったのですが,同じ高校生の時,ピア二ストのマウリツィオ・ポリーニが出したショパンのエチュードを聞き,その完璧な演奏に衝撃を覚えました。人のパフォーマンスとは何かしらミスがあるものだと思っていましたが,このような完璧なパフォーマンスを見たり聞いたりして,高校生ながら「人間の能力とはどこまで高められるのか,人間の能力はどのように獲得されるのか」ということに関心を持つようになりました。ですが,基本的に音楽が好きだったので,大学に進学するときは音楽や美学を専攻するために慶應大学に入学しました。そして入学後,音楽や美学は自分には難しいと感じ,そこで高校生以来の関心であった「人間の能力はどのように獲得されるのか」ということについて勉強しようとして,心理学を専門とするようになりました。

――安藤先生は卒業論文ではどのようなことをされたのでしょうか。

心理学を志そうとしましたが,試験に落ちてしまって所属が教育学専攻になりました。卒業論文は教育に関係するものということになり,私は音楽の教育について研究を行うことにしました。とりわけ鈴木鎮一というヴァイオリニストが提唱したスズキ・メソードというヴァイオリンの早期教育に関心を持ち,それの研究を行ってみようと思いました。スズキ・メソードの前提というのは,人間は環境の子であり,才能は生まれつきではなく,母国語と同じ環境を与えてあげれば子どもはどんな才能でも開花させることができるというものです。卒業論文ではこのスズキ・メソードと鈴木鎮一についてまとめました。

――最初の研究は芸術教育に関するものだったのですね。大学院に入学されてからの研究テーマはどのように選ばれたのですか。

卒業論文で取り上げたスズキ・メソードは,能力は生まれつきではないということを示していて,あれだけの実践を行っているのだから,大学院の研究ではその科学的な実証を行って,理論化してみようじゃないかと思い,大学院での研究をスタートさせました。つまり大学院に入りたてのころはすごく環境論者側の考えをしていました。大学院に入学して勉強をし始めたころにちょうどIQについての遺伝・環境論争の本が出版され,それを指導教員の先生から紹介してもらい,行動遺伝学の論文を読んだりするようになりました。するとそこで論じられている結果は,ことごとく遺伝の影響があることを明らかにするもので,その当時は目からうろこでした。それは教育というものが重要でないということでは全くなく,教育が非常に重要であることは疑いないわけですが,それと同時に遺伝の影響というのも重要であって,それをどう両立させた理論というのを築いていくかというのが重要だろうと思ってふたごの研究を始めました。

――大学院に入学されて,その後研究職を志されたきっかけについて教えてください。

実は,大学教授になろうと思ったこともなければ,研究者という職業につこうと思ったこともないんです。他の研究者の方は皆さんどう思われているのでしょうか?今でも私は,研究者という職業アイデンティティをあまり持っていないんです。ただあえて言えば,消極的な言い方にはなりますが,大学生の時にとても社会には出られないと思っていました。ですがその一方で,勉強も決して好きではなくて,それは今でもそうです。ただ,知的でアカデミックなことを考えるのが好きで,それならば大学院へ行こうと思って修士課程に入り,そして上に博士課程があったので進学をしたという感じなんです。そしてあとは色々なタイミングも良く,無事ポストを得ることができたということが直接的な理由だと思います。

――現在の安藤先生の研究のご関心について教えてください。

以前から私は教育というものに関心を持っていて,それに加えて人間の生物学的な基盤というものを明らかにするということにも関心を持つようになりました。私の研究は遺伝と環境に関心を持つところからスタートしたわけなので,当然といえば当然なのですが,遺伝子がなぜそのようにあるのかということを説明する枠組みは進化なわけです。とりわけ教育ということを科学的に考えたいと思って遺伝と環境の話に入ってきたわけですが,そこに進化という視点を加えることでひらめきが生まれると思います。なぜヒトという動物は教育をするようになったのかということを突き詰めて考えていくと,ヒトというのは教育する能力を持ったということがヒトを人たらしめる上で決定的に重要な適応戦略であったのではないかと言えそうな気がしています。心の理論も,言語を喋るのも,他個体に共感するのも,ヒトにおいていっぺんに可能になりました。それらの能力というのは,教育的な学習という形に応用されているというよりも,ひょっとすると教育的な学習を可能にし,適応的な種になるためにヒトにおいて同時に発生してきたのではないかなと,半分妄想ですが考えています。

――若手の研究者の方へのメッセージをお願いします。

まず,目先の業績を追わないことだと思います。私自身も指導教員の先生からそのように言われ,その分しっかり勉強することを勧められました。若手の人はもっと色々と勉強して,深く考えることが大事だと思います。
また,古典を読むことがとても大事だと思います。教育や人間,社会について論じている古典を読み込むことで,古来様々な立場の人が遺伝と環境についてそれぞれの意見を述べているのが分かります。私自身も大学院生のころ古典を読み,遺伝というものを取り上げる自分の研究が正統なものであるということを再確認し,自信を持つことができました。若い研究者にとって,今までアカデミックな文化を築いてきた,基盤となる古典を読むことは,自分の研究者としての立ち位置を把握するためのフレームワークとなると思います。

――ちょうど慶應大学が入試期間の最中(2014年2月)という大変お忙しいときに,大学の応接室でインタビューさせていただきました。とても温和な先生で,色々なお話を次々と聞かせてくださいました。安藤先生の研究に対する真摯な姿勢や態度は,まさに若手の研究者の鑑であると感じられ,自分自身の研究にもより積極的に向き合えるようになりました。お忙しい中,貴重なお話をお聞かせいただきまして,誠にありがとうございました。