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インタビュー企画27:小塩真司

第27回は早稲田大学の小塩真司先生にインタビューをさせていただきました。インタビューでは,先生が取り組まれてきた研究とその魅力,現在の取り組み,研究者を志したきっかけ,パーソナリティ心理学会とご自身の関係などについて伺いました。

――なぜ心理学の道を志したのですか?

いくつかの転機があったように記憶しています。
ひとつは,高校生の頃から宗教学や精神分析関連の書籍を読んでいました。私は1980年代終わり頃に高校生だったのですが,今から思うと1980年代はまさに「ニュー・アカデミズム」の時代で,意味はよくわかっていなかったのですが,その雰囲気だけを感じていたのかもしれません。そういえば,受験に向かう電車のなかで河合隼雄先生の本を読んでいた記憶があります。
もうひとつは教育学部に行こうと思っていたことです。自分は管理教育まっただ中に,比較的管理も厳しいと言われていた愛知県で中学時代を過ごしましたので,教師を目指すわけではないけれども自分が経験した教育について勉強したいということを漠然と考えており,それで旧帝大の教育学部を受験しました。そこでは心理学も学べますので,一石二鳥ということもありました。
進学先は名古屋大学の教育学部でしたので,途中で心理学と教育学に進路が分かれます。どうも自分には心理学が面白そうに思えて心理学に進みました。さらに臨床にするか教育心理にするかで進路がわかれるのですが,自分は面接するよりもデータを取って分析するのが性に合っているように思えて,教育心理に進みました。
とはいえ大学時代は塾のバイトとそこでの仲間との付き合いのほうが楽しく,あまりまじめに授業に出るような学生ではありませんでした。ただ,当時名古屋大学の教育学部では,2年生で調査法のグループ研究,3年生で個人研究,そして卒論と,在学中に3回研究を体験するカリキュラムになっていたのですが,そういった自分で研究を進める形式の授業は楽しかった記憶があります。
大学4年生の時に先輩が修論のためにアイデンティティ発達の面接調査をしていまして,たぶん今思うとひどいことをしゃべっていたと思うのです。当時は将来の展望がもてない,アイデンティティが拡散した学生でした。そういう状況でしたので,秋の院試も一度落ち,年明けの院試でやっとぎりぎり合格したというありさまでした。その症状(?)が改善したのは大学院の途中くらいでした。よい先輩や仲間に恵まれたこともあって,院生生活が充実したものになっていきました。
今振り返ると,その時々ではたいした考えはなく進路を決めてきたように思います。結果的に自分にとっては良い選択だったと思うのですが,いまここにいるのは多くの偶然が重なった結果だという感覚があります。

――これまでの研究について教えてください。

学部3年生の個人研究の授業で研究のネタを探している時に,桑原知子先生の人格の二面性研究の論文を図書館で見つけて面白いと思い,人格の二面性尺度(TSPS-II)とモラトリアム尺度との関連を調査してレポートにまとめました(そういえば,大学院生になってからそのデータで学会発表もしました)。今考えるとその頃からパーソナリティに興味があったのだと思います。
自己愛は,卒論のテーマを何にしようかと図書館であれこれと論文を探しているときに出会った概念です。当時すでにいくつか日本で研究が行われていたのですが,海外ではどんどん論文が増えているような状況でした。卒論では自己愛と依存性をテーマにしましたが,対人関係もその後の自分の研究にかかわってきますね。
その時,依存性をTATと質問紙の両方で測定したのですが,このときに指導教官だった小嶋秀夫先生からCampbell & Fiskeの多特性多方法行列(MTMM matrix)を教えてもらいました。当時は意味がわかっていなかったのですが,ずっと後になってからこの考え方が自分の研究にも深くかかわってくるのです。こういったつながりが面白いところです。
そのまま自己愛をテーマにして博論まで書きましたが,研究生になって自己愛の研究が一段落ついたところで,少し他の研究テーマもやってみようと思いました。そのときに個人で取り組んだのが青年期のリスクテイキング行動の研究で,こちらはあまり成果が上がらなかったのですが……大学院の先輩たちと共同研究で取り組んだのがレジリエンスの研究でした。当時はレジリエンス概念がここまでメジャーになるとはまったく思っていませんでした。当時作成した尺度や論文は,いまだに国内外から問い合わせがあります。どの研究が注目されるかは,わからないものです。今考えると,レジリエンスの研究も,もっとしっかり取り組んでおけばよかったと思うのですが……。
その後は,自尊感情(変動性やIATなど),仮想的有能感,大学への適応,二分法的思考など,その時々で面白いと思える研究テーマに取り組むようにしてきました。10項目でBig Fiveパーソナリティを測定する日本語版Ten Item Personality Inventory (TIPI-J)の研究も,内的整合性をあまり考えない尺度って面白そうだな,と思って始めたものです。なお,SPSSのテキストは,前任校で授業のために作成したwebサイトを見て,出版社の方から声をかけていただいたのがきっかけです。
基本的に飽きっぽいようで,「あれ面白そうだな」と思うと手を付けてみたくなる一方で,興味を持って取り組んでもすぐに目移りしてしまうのが良いところでもあり悪いところでもあるように思います。色々なことに取り組んでみると勉強になります。これまで,本当に多くのことを学ばせてもらいました。しかし,途中で他のことに目移りして中途半端な追求で終ってしまうこともあって,これではいけないと頭の片隅では思いつつ,まあしょうがないかと受け入れているところもあります。

――現在の研究やこれからの研究の展望などについて教えてください。

現在取り組んでいる研究のひとつは,二分法的思考態度に関するものです。二分法的思考尺度(Dichotomous Thinking Inventory; DTI)という尺度を作成しており,日本語版だけでなく英語版,ロシア語版,ベンガル語版があります。この思考態度は次のDark Triadにも関わりますし,攻撃性などの外在化問題にも関連するようです。
また,自己愛研究をしていたことから派生して,それを含んだより広い概念としてのDark Triad(自己愛・サイコパシー・マキャベリズム)も面白いなと思っています。他国では盛んに研究がおこなわれているのですが,国内はこれからでしょうか。自己愛については別のプロジェクトもありますが,こちらはまだ形になっていません。
時間横断的メタ分析(Cross-temporal meta-analysis)の研究も面白いなと思っていまして,日本ではRosenbergの自尊感情尺度の平均値が近年になるほど低下する傾向を見出しました。他の尺度でもやってみようと,資料を収集しているところです。
他にも複数の共同研究に取り組んでおり,最近は心理学だけでなく他分野との共同研究も増えてきています。これからも幅広く,積極的にいろいろな研究に取り組んでいきたいと思っています。

――小塩先生と言えば,著書の多さやブログ等での定期的な情報発信が思い浮かぶのですが,コンスタントに執筆・情報発信していくためのコツやポイントはありますか?

パソコン通信の時代はあまり利用していなかったのですが,個人のwebサイトは院生の頃(昔のファイルを調べると1999年以前でした)から作っていて,様々なサービスをずっと使用してきましたので,その延長線上で現在も利用しているという感覚です。しかしきっと,その様々なサービスを使用してきた経験から,ネット上のふるまい方を学習してきたのでしょう。
ネットに不用意に書き込むことがリスクとして認識されることもありますが,ネット上はギブ&テイクの世界ですので,知識の共有のためにも専門家としての発信が求められるという面はあるのではないでしょうか。また,発信することでさらに新たな情報を得ることができるような,良い循環も起こるように思います。
読書記録になっているブログは,もともとパソコンのデータベースソフトにつけていた記録をアップしているものです。1年ほど先の記事まで予約してありますので,読書をしながら気になるページに印をつけ,そこから選択してデータベースソフトに記録し,ブログに記事として予約しておいて,1年後くらいにもう一度目にする,というステップになっています。このプロセスは分散学習になっていると自分で勝手に思っています。あとは,ネット上に書誌情報がちゃんとついた情報を残しておきたいという崇高な(?)目的についても少し考えたことがあります。
最近学生を見ていると,ネット上で読めない論文は「存在しないもの」と判断してしまう傾向があります。ネット上に情報がないと,存在が認められないような風潮になっているようにも思います。特に,海外の研究者に自分が取り組んでいる研究を発見してもらうには,情報発信が不可欠だと思います。

――最後に,若手研究者へのメッセージをお願いします。

「心理学者は自分に足りないものを研究対象にする」なんていうことをよく言ったりしますが,私はもともと小心者で自分に自信がなく,そういったことから自己愛概念に興味を抱いたのかもしれません。研究するには難しい概念でしたが,あれこれと格闘しているうちに,対象としている概念そのものよりも周辺のことがわかってくるという経験をすることがあります。たとえば,やったことのなかった分析方法の理解が深まるとか,心理学そのものの枠組みについて一段深い理解が得られるとか,そこから新しい研究へとつながるとか,そういったことです。こういったことは,研究を続けていないと経験できないことだと思います。
私の指導教官が退官するときに大学院の最後の授業でおっしゃった言葉を今でもよく覚えています。それは,「これだと思う領域が見つかれば,納得できるまで研究を続けてみればいい。頭で考えることも大切だが,それ以上に体を動かす。たとえ発表に耐える結果が得られなくても,そこから何かしら学ぶことはあるはずだ」というものでした。じっくり慎重に考えて少しずつ前に進める研究スタイルが必要な場面というのはあると思うのですが,そういう姿を見ていると「気になるなら一度やってみれば」と言いたくなります。軽い気持ちで取り組んで(だけど取り組んだらある程度は責任をもって進めて)みれば良いのではないでしょうか。もし日本国内で受け入れられなくても,今は世界に目を向けることも簡単です。そうすれば,きっと世界中の誰かが自分の研究に注目してくれることでしょう。自分が面白いと思える研究に,どんどん取り組んでいってください。

――小塩先生にはメールでインタビューをさせていただきました。お忙しい中,様々なエピソードを交えながら丁寧にお答えいただき本当にありがとうございました。現在多岐にわたるテーマを扱って精力的に研究や執筆をされている小塩先生が,心理学の道に進まれた経緯や,アイデンティティが拡散していた時期もあったという意外なエピソードなど,とても興味深い内容でした。「気になるなら一度やってみる」行動力(と責任感)を持って研究に取り組んでいきたいと思います。