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服部陽介(日本学術振興会特別研究員PD・東京大学大学院総合文化研究科)

第21回は,服部陽介先生にご自身の研究をご紹介いただきます。服部先生は現在,日本学術振興会特別研究員PD・東京大学大学院総合文化研究科に所属され,抑うつ者が思考抑制している時に示す心理プロセスや行動傾向について精力的にご研究されています。研究を始められた理由やこれまでに得られた成果,今後の展望についてご説明いただきました。

抑うつ者の思考抑制の実現を阻害する要因に関する検討

現在の研究を始めたきっかけ

自分の思考を思った通りにコントロールすることは,なかなか難しいものです。特に,気分が沈んでいるときには,嫌な出来事に関する思考を頭から振り払うことができず,ぐるぐると同じことを考えてしまいがちです。聞き役になりやすかった私は,落ち込んだ人の「ぐるぐる回る思考」に触れる機会が多く,次第に,なぜこんなことが起こるのだろうと考えるようになりました。さらにいろいろと話を聞く中で,どうやら,落ち込んだ人は,嫌な出来事について「考えないようにしたい」けれど,それがうまくいかず繰り返し考えてしまうようだ,と思ったことが,現在取り組んでいる,うつ傾向の高い人 (抑うつ者) の思考抑制に関する研究を始めたきっかけです。

現在までの研究成果

思考抑制とは,特定の対象についての思考を意識から追い出そうとする過程や努力のことです。もっともよく知られた研究の手続きは,参加者に対して特定の対象について考えないよう教示を与えるというもので,思考抑制研究の火付け役となったDaniel M. Wegnerが,思考抑制の対象を「シロクマ」に設定して実験を行ったことから,「シロクマ実験」とも呼ばれています。私は,この古典的な「シロクマ実験」の手続きを少しずつ調整して,抑うつ者がネガティブな対象に関する思考を抑制できるかどうかについて,研究を行っています。ここでは,これまでの研究で明らかになってきた,抑うつと思考抑制の関連について,少しお話ししたいと思います。
まず,抑うつ者は,ネガティブな対象に関する思考を抑制することが苦手であり,特に,気晴らしをうまく行えないことが,思考抑制の失敗に深く関わっていることがわかってきました。通常は,抑制対象とは別のものに注意を向けて気晴らしをすることで,思考を適切に抑制できるのですが,抑うつ者は,ネガティブな思考を頭から追い出すために気晴らしを行っても,気晴らしの間にネガティブな思考を繰り返し経験してしまうようです。
では,なぜ,抑うつ者は,うまく気晴らしを行うことができないのでしょうか。ここで,もう少し踏み込んで,気晴らしを行っている際の心的状態に注目してみました。すると,抑うつ者と非抑うつ者の間で,気晴らしを行っている際の「考えないようにする」という意図 (抑制意図) の強さが大きく異なっていることがわかりました。実際に得られた実験結果について,簡単に説明します。まず,通常の「シロクマ実験」のように,単に思考抑制を行う状況では,抑うつ者と非抑うつ者の間で,抑制意図の強さに明確な違いはみられませんでした。それに対して,同じように思考抑制を行う場合でも,注意を向けるべき対象が設定され,それを用いて気晴らしを行う状況では,抑うつ者が,非抑うつ者よりも抑制意図を強く持っていることが示されました。さらに,単に思考抑制を行う状況と気晴らしを行う状況を比較すると,非抑うつ者では,気晴らしを行うことで抑制意図が弱まっていたのですが,抑うつ者では,このような抑制意図の緩和がみられないこともわかりました。これらの結果は,抑うつ者が,気晴らし中も「考えない」と考え続けてしまっている,ということを意味しています。抑制意図は思考抑制の失敗のきっかけとなることが明らかにされていますから,この実験で確認された,抑うつ者の持つ「考えない」と考え続ける傾向が,気晴らしによる思考抑制の実現を妨げる原因のひとつとなっている可能性があります。
ただ,実際には,抑制意図が思考抑制の失敗によって生じる,単なる副産物である可能性も残されています。したがって,今後は,要因間の因果関係についてのエビデンスを蓄積していくことで,抑制意図が本当に抑うつ者の気晴らしを阻害する原因であるかを明確にしていく必要があると考えられます。

今後の展望

抑うつ者の思考抑制について,わからない点はまだまだ多く残っています。先に述べた,気晴らしや抑制意図以外にも,様々な要因が抑うつ者の思考抑制に関連しているでしょうし,それらの要因同士は,複雑に関連し合っていると考えられます。多くの実証的研究を積み重ね,関連する要因をひとつひとつ丁寧に整理していくことで,抑うつ者の思考抑制に関する認知モデルを構築することが,これからの大きな目標です。
思考抑制は,いつも行い続けてよいものでは決してありませんが,その一方で,不適切な思考を抑制しなければならない場面も少なからず存在し,また,その失敗は抑うつの悪化につながるといわれています。抑うつ者の思考抑制に関する正確な認知モデルを構築することで,思考の適切なコントロールを支援するための介入法の発展を促し,抑うつの悪化の予防に貢献していきたいと考えています。

最後に一言

認知モデルの構築に向けて,今後取り組むべき課題は山積みですが,やはり,少人数で研究を行うには限界があります。これまでのところ,抑うつと思考抑制の関連について,十分な数の実証的研究を行うことができているとはいえません。そこで,同じような興味を持っておられる方と一緒に,これからたくさんの研究を行っていきたいと思っています。学会の折,あるいは,研究用の以下のwebサイトを通じて,ぜひお声掛けいただければと思います。もしよろしければ,一緒に研究しましょう。
最後に,今回,このような貴重な機会を与えてくださった,パーソナリティ心理学会関係者の皆様,ならびに,拙文を最後まで読んで下さった皆様に,厚く御礼申し上げます。
研究用webサイト<http://shirokumahattori.nomaki.jp/>