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市川 玲子(筑波大学大学院人間総合科学研究科・日本学術振興会特別研究員)

第34回は,若手研究者の市川玲子先生にご自身の研究をご紹介いただきます。市川先生は現在,筑波大学大学院人間総合科学研究科に所属され,パーソナリティ障害傾向と対人関係上の困難について研究されています。ここでは,研究をはじめたきっかけや現在の研究の状況,今後の研究の展望についてご説明いただきました。

パーソナリティ障害傾向における対人関係機能の障害

現在の研究を始めたきっかけ

大学入学時から臨床心理学の分野に興味があり,特にPTSDの発症機序に関心がありました。しかし,徐々に卒業研究や大学院進学について具体的に考えるようになり,PTSDに関する実証研究を行うのは困難だろうと思うようになりました。東日本大震災は私が大学卒業を目前に控えた時のことであり,大学入学があと数年遅れていたら,卒業研究でそのままPTSDに関連したテーマを扱おうとしていたのかもしれません。
卒業研究について具体的に考え始めた折に,境界性パーソナリティ障害に関心を抱きました。古くより「神経症と精神病の境界に位置する状態」などと曖昧に用いられてきた概念ではありますが,対人関係上の著しい困難を引き起こしやすく,時には治療関係の維持をも困難にする心理的障害として,重大な関心を集めてきました。しかし,境界性パーソナリティ障害患者がなぜ対人関係上の問題を引き起こしやすいのか,周囲の人間はどのように巻き込まれ,苦悩するのかといったことに関してはまだまだ実証研究が乏しいことをと知り,いかに患者本人も周囲の人間も苦悩せずに済むようになるかを明らかにできたらいいなと思うようになりました。身の周りで対人関係に関する衝突・問題を見聞き・経験することが少なくなかった私は,そのような対人関係上の困難を少なくできれば,多くの人々の適応感が向上するのではないかと(随分と大それたことを)思っていました。

現在までの研究内容

卒業研究の希望指導教員を決めるために,後の指導教員となる先生と面談を行った際に,境界性パーソナリティ障害に関する研究をしたいと申し上げたところ,「他のパーソナリティ障害についても研究したら?」と提案して頂きました。なるほどと思い,軽い気持ちでDSMや関連書籍で他のパーソナリティ障害についても調べたところ,似ているような,似ていないような,それでも対人関係に強く関わりそうな類型が多くあることがわかりました。そこで,まずは「似ているような,似ていないような」という点を整理するために,卒業研究ではパーソナリティ障害の類型間の共通性と相違点について研究しました。
大学院に進学し,修士論文のための研究を進めていく中で,卒業研究の結果や先行研究を踏まえると自尊感情が鍵となりそうだと考えました。自尊感情は対人関係の質とも密接に関連していることが,社会心理学の視点より理論化されています。この視点を用いて,パーソナリティ障害傾向と,自尊感情と対人関係の質がどのように関連し合っているかを,修士論文で検討しました。
博士後期課程では,本来関心があった対人関係上の困難に立ち返り,単なる個別自記入式の横断調査だけでなく,様々な検討を行いました。特定の友人を想起させた上で回答を求める調査や,大学生の同性友人ペアを対象とした相互評定による調査研究を複数行い,実際の友人との相互作用過程を検討しました。今年度に,修士論文の内容を含め,これらの研究の成果を統合した博士論文を提出する予定です。パーソナリティ障害傾向が,自己や他者,対人関係の質に対する認知とどのようにダイナミックに関連し合い,対人的な不適応に繋がるかを,上手くまとめられたらと思います。
博士論文とは別に,卒業研究で取り組んだパーソナリティ障害間の概念的オーバーラップについても,引き続き研究を行っています。近年実施した,大規模な横断調査の結果についても,発表・投稿準備をしております。

今後の展望

今後は,各パーソナリティ障害傾向と様々な関係性(友人関係,恋愛関係等)の維持・破綻といった,対人関係の縦断的変化のプロセスを含めた研究を行っていきたいと考えています。ペア評定式質問紙調査や縦断調査を効果的に組み合わせ,生態学的妥当性の高い,より詳細な関係性の特徴を明らかにすることで,対人関係上の困難に対する心理的介入に役立つ知見を生み出していきたいです。
大学入学時は,生命の危機にかかわるトラウマティックな出来事を経験した人々に対する臨床心理学的介入のできる臨床心理士になりたいと思っていました。東日本大震災では多くの人々が傷つき,PTSDに対する心理的ケアが再度注目を集めました。自分の研究テーマはトラウマに関する内容から離れてしまいましたが,それでも私自身が面白いと思えるだけでなく,より多くの人々にとって直接的あるいは間接的に役立つような研究をしたいという思いが再燃したきっかけでもありました。今後も,人々の“適応”に関わる研究を続けていきたいと思います。

最後に

このような貴重な機会を頂いたことで,これまでの自分の研究の軌跡を振り返り,博士論文や今後の研究に至る流れについて再考する良いきっかけを持つことができました。お話をくださった,日本パーソナリティ心理学会広報委員会の皆様に御礼申し上げます。