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吉田恵理(東京はなクリニック)

 第52回は,若手研究者の吉田恵理先生に,ご自身の研究についてご紹介いただきます。
吉田先生は現在,東京はなクリニックにご所属され,主に先延ばしに関する研究を進められています。今回は,吉田先生が研究を始められたきっかけや,現在の研究内容,今後の展望についてご執筆頂きました。

先延ばしの適応/不適応に関する認知的要因の研究

吉田恵理写真

研究を始めたきっかけ

私は取り組まなければならない課題を先延ばしにしてしまうことが多くあります(実はこの原稿もお話をいただいてからかなり経った後で着手しております,すみません)。
課題に着手しなければならないと思えば思うほど気分は重くなり,かと言って他のことをしていても忘れられるわけでもなく,何をしていても頭の片隅にしなければならないと思っている課題が鎮座している状態。数年前には「いつやるか?今でしょ」というフレーズが流行し,書店には先延ばしという悪癖を直すためのハウツー本が並ぶ中で,物事を先延ばしにしがちな自分はダメな人間なのだろうかと悩む。しかしどこかで「自分には自分のタイミングがある」と開き直る気持ちもあり…程度の大小の差こそあれど,多くの方が経験したことがあるのではないでしょうか。このような取り組むべき必要性のある物事を先送りにする行動は「先延ばし(procrastination)」と呼ばれており,こうした先延ばしを行いやすい個人の特性は「先延ばし傾向」と呼ばれています。
卒業論文のテーマを探していた時に先延ばしに関する論文を見つけ,自分が長年悩んでいることが心理学の分野で研究されているのかと驚くとともに,自分を含め多くの方が経験しているこの行動について深く考えあわよくば改善策を知りたいと思い,自分の研究テーマとして選びました。
その後も医療機関に勤務する心理士(師)として多くの方のご相談を伺う中で,先延ばしは単に物事に早く着手すれば解決するという問題ではなくその背景には様々な要因があること,そして先延ばしを単なる行動の問題として捉えずにその背景によって様々な対応をすべきだということを痛感し,現在に至るまで先延ばし行動とその多様性について興味を強く持ち研究を進めております。

現在までの研究内容

先延ばしは一般的には上記の通り悪癖として捉えられています。理由としては,忘れっぽさや怠惰なイメージと結びつけられていることがまず考えられますし,実際に先延ばしに関する研究では抑うつ傾向や不安など不適応的な特性との関連が多く指摘されています。しかし,近年では先延ばしを能動的に行うことでむしろ意欲を高め課題に集中できたり,実際に成績の向上につながったりというような先延ばしの持つ適応的な側面である「能動的先延ばし」を強調している立場の研究もなされています。
私は先延ばしをより多面的に捉えるために質問紙,実験,インタビューと多様な調査方法を採用し,量的,質的両方の側面から検討してまいりました。その結果,先延ばしに関連する問題へのアプローチとして,し忘れやだらしなさと先延ばし行動を結びつけて単純に先延ばしを止めさせるだけではなく,個人の持つ認知機能やパーソナリティ特性を元に介入方法を変えることの必要性が明らかになってきました。具体的な研究の一例としては,展望的記憶と先延ばし傾向の関連について質問紙,実験,インタビューを用いて検討した結果,先延ばしの背景には展望的記憶の失敗が関連している場合と,展望的記憶能力は高いものの課題に対する不安や失敗を恐れる傾向が強い場合の両方が関連していることが示されました。つまり,先延ばしが起こっている背景によってスケジュール管理やToDoリスト作成など行動にアプローチするか,もしくはあえて気晴らしとして先延ばし行動を取り入れることで不安を和らげる,先延ばしをする自分を許すことで自己肯定感を高め課題に着手しやすくするなど気分にアプローチするかなど介入方法を変えることが望ましいといえます。

今後の展望

現在は勤務する医療機関でカウンセリングを行う上で,研究を元にした介入を適宜行っております。先延ばしを主訴として医療機関を受診される患者様は思いのほか多く,また「気分がいつも晴れない」「自分のことをダメな人間だと思う」などの訴えの裏側に先延ばしの影響がある方も少なくありません。自分が興味を持って始めた研究ですが,研究で得た知見を活用することで実際に患者様の不安が和らいだり不適応的な行動の頻度の低減につながったりする様子を見られるのはとても嬉しいことですし,心理学研究を社会に活かしたいという思いが日々強まっております。
また,過去の出来事の捉え方など記憶のあり方にも着目し,先延ばしによる不適応を和らげるためのトレーニングプログラムを作成するための研究を行っております。自分を含め多くの方が経験している先延ばしですが,先延ばしによる問題を緩和するとともに,より適応的に先延ばしを行うという選択肢を持つことも併せて提案していきたいと思っております。

最後に

このような貴重な機会を頂いたことで,これまでの自分の研究の軌跡を振り返るとともに,研究と臨床をお互いに活かしていきたいという自分の思いについて再考する良いきっかけを持つことができました。お話をくださった日本パーソナリティ心理学会広報委員会の皆様に心より御礼申し上げます。