現在の研究のきっかけ
学部生の頃,ゼミの課題で嘘に関する論文を読んだことがきっかけです。「嘘つきは泥棒のはじまり」ということわざやオオカミ少年のお話のように,私たちは子どもの頃から嘘をついてはいけないと教わります。しかし,嘘に関する心理学研究では,嘘が人々の生活にとって必要不可欠なものだと主張されています。例えば,友人からもらったプレゼントが好みではなかったとしても,多くの場合,相手を不快にさせたり,気まずい思いをさせたりしないように気遣って「ありがとう」と伝えるでしょう。人によっては「嬉しい」とさえ伝えるかもしれません。このように,私たちは状況に合わせて本心を隠したり,嘘をついたりしています。こうした嘘をついてはいけないと言いつつも,実際には嘘をうまく用いていることで人間関係を成り立たせていることが面白いと思い,興味を持ちました。
現在の研究内容
「現在の研究のきっかけ」の例で挙げたように,私たちは自分のためだけではなく,相手を不快にさせないため,あるいは相手を傷つけないためにも嘘をつきます。心理学研究では,こうした相手のための嘘は「向社会的な嘘」と呼ばれ,周囲の人との関係性をうまく構築・維持するための潤滑油としての役割を担っていることが明らかにされています。その一方で,相手を傷つけないことを重視して,本心を隠し続けることはストレスのかかることかもしれません。こうしたストレスの蓄積は,個人の精神的健康を脅かす一因となると考えられます。つまり,向社会的な嘘は良好な対人関係の構築・維持に役立つ方略である反面,精神的健康を脅かす諸刃の剣である可能性があります。そこで,私は向社会的な嘘が適応に及ぼす影響の二面性を明らかにするために,向社会的な嘘と関係の良好さ,抑うつ(精神的健康度の低さ)との関連について調査を行いました。その結果,向社会的な嘘を用いているほど関係が良好なだけではなく,抑うつが高いことが明らかになりました。
今後の展望
これまでの研究では,向社会的な嘘が抑うつを高める可能性を秘めていることが明らかになりました。しかし,現状では,なぜ向社会的な嘘と抑うつの間に関連が見られるのか,具体的な原因については明らかにできていません。今後はこうした向社会的な嘘が抑うつを高める原因は何なのかを明らかにしていきたいと考えています。さらに,対人関係をうまく保ちつつ,抑うつを高めない向社会的な嘘の用い方はあるのか,またそうした利用がうまく出来る人はどのような人なのかなども今後は検討していきたいと考えています。
最後に
このような貴重な機会を与えてくださいました日本パーソナリティ心理学会の広報委員の先生方に心から感謝申し上げます。