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木田千裕(名古屋大学大学院情報学研究科)

 第57回は,若手研究者の木田千裕先生に,ご自身の研究についてご紹介いただきます。木田先生は現在,名古屋大学大学院情報学研究科にご所属され,主に障害者に対する差別や偏見についての研究を進められています。今回は,木田先生が研究を始められたきっかけや,現在の研究内容,今後の展望についてご執筆頂きました。

障害者に対する差別・偏見をめぐる認知メカニズムの解明

木田 千裕

現在の研究のきっかけ

 中学生の時に,突然,難治性の疾患を発症し,「当たり前だ」と思っていた日常が,寝たきりの生活へと一変しました。当時,思春期真っ盛りだったからこそですが,中高生ながらに,何をするにしても元気な健常者中心で成り立っている社会を目の当たりにし,生活する上で必要な支援や理解のあまりの少なさに「差別はダメって習ってきたのに現実は全然違う!」と愕然としました。この「どうすることもできない悔しさ」でいっぱいの中学・高校時代を送ったことが,全ての始まりでした。
 研究につながる転機になったのが,進学した短大で入った米文学のゼミでした。アメリカ社会で生きるマイノリティの作品を読み解く中で,「差別をなくそうという風潮が高まっているのに,それでもなぜ人は差別してしまうんだろう」と差別や偏見が生じる過程に関心を持つようになりました。かつて抱いた社会に対するやるせない気持ちをどうにか解消できないか,差別・偏見の心の仕組みが知りたいと思い,短大卒業後,心理学の領域に転向し,今に至ります。

現在の研究内容

 「障害」と「支援」の関連について研究しています。障害者差別解消法の施行など,障害者差別を禁止する動きが急速に広まっている一方で,障害者とその支援への反発や反感も強く表出されています。その背景には何があり,どのような要因が障害者に対する支援的態度を妨げているのかを検討してきました。その結果,支援による障害者の地位の向上が,より有利な立場にある健常者の地位を脅かすという認知や,障害を理由に過度に社会的資源を得ているという不公正感が影響していることが明らかになってきました。
 また,最近は,これまでの心理学領域では顧慮されてこなかった「『障害』の捉え方」,すなわち「障害」という現象に対する認知様式の役割を概念化する研究にも着手しています。

今後の展望

 従来の研究では,「健常者」と「障害者」の二項対立に重きが置かれ,障害は個人が乗り越えるべき問題と捉えられてきました。しかしながら,たとえ今現在「健常者」であったとしても,誰しもが社会の環境によって弱者の立場,つまり差別・偏見の当事者になってしまう可能性は十分に考えられます。その視点を取り入れることで,個人の問題ではなく,社会の仕組みや社会構造の問題として対処する認知様式に転換できないかと画策しています。ゆくゆくは,得られた知見を差別解消策の提言に向けた応用研究に繋げていきたいです。

最後に

 気がついたら人生の半分近くを病気と共に生きてきました。いつしか病気との共生が「当たり前」になり,治療が進むにつれ,幸いにもこうして研究ができるまでになりました。本稿の執筆のお話を頂戴するまで,中高生時代に抱いた葛藤や苦しみは忘れつつあったのですが,研究者として何が自分にできるかと,研究の意義や研究と向き合う姿勢について改めて見つめ直すことができました。初心を忘れず,社会に還元する研究を進められるよう日々精進していく所存です。
 末筆ながら,このような貴重な機会を設けていただきました日本パーソナリティ心理学会広報委員会の皆さま,並びに,最後まで拙文をお読みくださった皆さまに,心より感謝申し上げます。