現在の研究を始めたきっかけ
私はおとなしいほうの子どもだったと思います。そのためか,学部時代に経験した就職活動では,他人を押しのける勢いがないとスタートラインにも立てないことがあり,苦い思いをしました。就職活動を経て,子どものころから思っていた「なぜおとなしいと評価されにくいのだろう」という疑問が大きくなり,このようなテーマを研究することが自分のしたかったことなのではないかと思い,大学院に進学することを決めました。また,学部では歴史学を専攻していたのですが,社会や歴史ではなく内面の違いを研究したかったため,大学院から心理学に専攻を変えることにしました。
研究テーマは謙虚さ (modesty) や責任帰属,口数による評価の違いなど,何にするか漠然と悩み続けていたのですが,指導教員の小塩真司先生に勧めていただいて読んだ『反共感論―社会はいかに判断を誤るか』(著:ポール・ブルーム,訳:高橋洋) にあった,Unmitigated Communion (非緩和共同性;萩原訳) という概念に興味をもちました。本には,非緩和共同性が高い人 (主に女性) は「共感のし過ぎで自分のことが手につかない」や「自分より他者を優先する」といったことが書いてありました。私が解き明かしたいことと全く一致していたわけではありませんでしたが,このような概念があるのであれば,研究してみたいと思いました。
現在の研究テーマ
非緩和共同性は,自己を犠牲にして他者を優先する傾向をもつパーソナリティ特性です。非緩和共同性の高い人々は不適応な対人関係を築くと考えられています。まず私は,対人関係のなかでも自分である程度選びとることのできる友人関係において,非緩和共同性の高い人々の友人関係満足度が高いのかどうかを検討しました。男性は非緩和共同性と友人関係満足度には関連がなかった一方で,女性においては負の関連が示されました。この結果を受け,非緩和共同性は男女ごとに解釈を行う必要があると考え,また,より広い範囲である社会においての適応を検討したいと思うようになりました。
最近では,社会での適応として,現状のジェンダー格差を維持しようと正当化する傾向であるジェンダー・システム正当化との関連を検討しています。実際に調査したところ,ジェンダー・システム正当化と非緩和共同性の関連は,女性においては正の関連,男性においては負の関連という結果になりました。ジェンダー・システム正当化傾向が高い人々は人生満足度が高いことがすでに確かめられており,そのような観点からは,非緩和共同性が高い人々は男性よりも女性の方が適応的であると言えます。このように非緩和共同性が高い女性は社会において内的には適応的でありながら,他方でジェンダー格差を維持する傾向にあるという一種の逆説的な側面があり,単純に非緩和共同性は不適応的というよりも,社会とパーソナリティの相互関係について慎重に注視していく必要があると思っております。
現在は,非緩和共同性が高い女性は周囲の他者との関係においては不適応的である一方で,社会という広い枠組みにおいては必ずしも不適応的な側面ばかりではないという結果を受け,この「適応」について掘り下げていくと同時に,男女が平等に近づいていったとしてもこのような特性は残っていくのか,実際の社会の状況との関係性を考慮に入れた上で研究を進めていきたいと考えています。
今後の展望
私はこれからも,自分の中から湧き上がった疑問や経験から研究テーマを探していきたいと思っています。自身の中にある疑問や経験を研究に落とし込むのは容易ではありませんが,疑問や経験について考えることは,今の私の原動力になっています。また,このように研究を進めていくことで,研究と社会の結びつきを強める事ができるのではないかと思っています。
最後に
このような機会をくださりました日本パーソナリティ心理学会広報委員会の皆さまに感謝申し上げます。