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行動を起こし,持続する力 モチベーションの心理学

(外山美樹 著,2011年,新曜社)

目次

第1章 モチベーションとは
第2章 アメとムチの隠された代償
第3章 ほめることは効果的?
第4章 自律性とモチベーション―自己決定理論―
第5章 小さな池の大きな魚効果
第6章 人との比較の中で形成されるモチベーション―カギとなるのは有能感―
第7章 悲観的に考えると成功する?―ネガティブ思考のポジティブなパワー―
第8章 無気力への分かれ道―原因帰属―
第9章 モチベーションも目標次第
第10章 無意識とモチベーション
文  献
索  引

 

 本書『行動を起こし,持続する力 モチベーションの心理学』は,モチベーション,すなわちやる気について心理学的な知見をまとめた本である。これまでに国内外で数多くのモチベーション研究が行われてきた。本書の特徴は,それらの実験や調査研究で得られた知見を,詳細かつ分かりやすく記述しているところにある。これにより,初学者はもちろん一般の読者であっても動機づけ研究の全体像を把握することが可能である。
 モチベーションとは,「行動を始発させ,維持し,一定の方向に導く心理的エネルギー」のことである。そのエネルギーの源を何と仮定するかは,時代によって異なっている。第1章ではモチベーションとは何かについて生理的動因(ホメオスタシス)的な捉え方から,興味といった認知的な捉え方へ研究の動向が変化してきた経緯を紹介しつつ解説している。
 モチベーションを高めることは難しいものである。モチベーションを高めるためには,褒めたり,報酬を与えたりすることは容易に考え付くが,これまでの研究結果は必ずしもそうした素朴理論を支持しない。第2章では,アメとムチによるモチベーションの高め方の弊害について,金銭的な報酬が内発的動機づけを低下させる「アンダーマイニング現象」などを取り上げ解説している。第3章では,ほめることは必ずしもモチベーションを高めることにはつながらないことについて研究結果を紹介している。第4章は,現在のモチベーション研究の中核的理論の一つである,自己決定理論について取り上げている。
 さらに本書は,モチベーションに影響を与える環境的な要因についても議論している。第5章では,個人の学力が同じ場合,学力の高い学校に所属する生徒ほど,勉強に対する有能感が低いという「小さな池の大きな魚効果」について紹介している。これは,偏差値の高い学校に進学することの是非に関わる。さらに,第6章では,「スポーツ選手は「春生まれ」が有利?」という目を引くトピックを用いて,他者との比較が有能感に及ぼす影響について取り上げている。
 第7章では,楽観主義と悲観主義というパーソナリティの側面からモチベーションについて考察している。第8章では,モチベーションが湧かない状態について学習性無力感について紹介している。さらに,本書は意識と無意識という観点からもモチベーションにアプローチしている。第9章では,意識的な目標設定がモチベーションに与える影響を,第10章では,無意識的なモチベーションについて解説している。
 本書は,古今東西のモチベーション研究について,包括的かつ容易に解説しているため,以下に述べるような意義があると考えられる。第1に,本書は良質な入門書,もしくは講義テキストとしての意義がある。本書には古典的な研究から最新の研究まで具体例が多く紹介され,末尾には引用元が全て記されている。引用元を辿れば,興味のあるテーマについて,さらに精緻な理解が可能である。 この点は,モチベーション研究を志す初学者にとって大きな意義を持つ。また,大学などでモチベーションについて講義する際にも,初学者にも分かりやすく記述された本書は,カリキュラムを考える上で非常に参考となるであろう。 第2に,モチベーション領域の全貌を改めて見つめることは,俯瞰的な視座の開拓に貢献するという意義がある。これはモチベーションの研究の熟達者についていえることであろう。一口にモチベーション研究とくくってみても,様々な理論的枠組みが存在し,研究領域内においてもかなりの細分化が進んでいる。ただし,元を辿っていけば本書で取り上げられているような古典的ないくつかの研究に辿りつく。自らの研究領域のルーツについて,改めて整理して理解することにより,統合的な視点を獲得することが期待できる。(文責:大谷和大)

(2013/8/31)