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宗教を心理学する ―データから見えてくる日本人の宗教性―

(松島公望・川島大輔・西脇 良(編著),2016,誠信書房)

目次

序章 日本人の宗教性を測る ―宗教を心理学するためのガイドライン― (松島公望)
第1章 東日本大震災の被災地から見る日本人の宗教性 ―非業の死を遂げた子どもへの慰霊をめぐって― (大村哲夫)
第2章 それからを生きるための宗教 ―阪神淡路大震災からのメッセージ― (川島大輔・浦田 悠)
第3章 日本の中で「信仰」に生きる人々 ―あなたの知らない世界?― (相澤秀生)
第4章 「こころの健やかさ」から見えてくる日本人の宗教性 ―より良く生きるために宗教は必要か?― (中尾将大)
第5章 自然体験の中での宗教心 ―宗教性の一指標として― (西脇 良)
第6章 日本文化の中に生きている「神道ナラティヴ」 ―身近すぎて気づけない存在― (酒井克也)
第7章 日本人は宗教,スピリチュアリティをどのように見ているのか ―イメージから読み解く日本人の宗教性― (小林正樹)
第8章 「信仰をもっていない」と答える人の信仰の世界(荒川 歩)
第9章 スピリチュアリティを心理学する ―spiritualityに混在する「厄介さ」と「可能性」の探究― (タカハシマサミ)
付録 J-MARSにおける質問紙調査の概要(松島公望)

 

 本書を手に取るまで,(自分の不勉強さは置いておき)紹介者は,日本人の宗教性を明らかにすることが非常に困難なのではないかと考えていた。その理由は,欧米や中東の人々に比べ,宗教が日本人の生活に根付いていないように思えたためである。その一方で,日本人の多くは,盆に先祖を迎え,クリスマスにツリーを飾っており,宗教は一種の“文化発生装置”として機能していると思えた。これらを踏まえれば,日本人は意識的なレベルでは宗教を信仰していないが,意識しないレベルで宗教の影響は多様に受けており,それを実証することには困難が伴うであろうと考えていたのである。紹介者は,そこで思考停止状態となっていた。
 「宗教を心理学する」をタイトルとする本書は,その名の通り,日本人の宗教性を心理学的手法で得られた実証データから明らかにしようとするものである。本書は日本人の宗教性を扱うものであるが,その内容は日本人の宗教性への興味関心が薄い人にとっても有益であろう。その理由は,以下の二つの特徴のためである。
 第一に,宗教性を捉える枠組み作りが丁寧に記述されていることである。本書では,曖昧で複雑とも思われる日本人の宗教性について,その概念がどのように扱われてきたかのレビューを経て,宗教性を個人特性として捉える枠組みを提示している。この丁寧な枠組み作りによって,研究者は共通性を持ちながら多様な社会現象にアプローチすることができ,また読者にとっては,一貫性を持ちながら本書の内容を理解できるものになっていると感じられた。我々が生きる社会は多用で曖昧であり,社会現象を捉えるための共通の枠組みがなければ,学際的なアプローチは難しくなってしまう。本書の宗教性に対する丁寧な枠組みの作り方は,興味関心のある現象を心理学しようとする研究者,学部生,院生にとって良き例となるであろう。
 第二に,多岐に渡る社会現象を扱っている点である。例えば,第1章では東日本大震災の被災地で行われた犠牲者への卒業証書授与,第2章ではろうそく法要での宗教性が扱われている。これらの未曾有の大災害のような,死を意識せざるを得ない状況では,宗教性の影響が色濃く現れるのであろう。その一方で,第3章では日本人の信仰に関する調査結果,第4章ではwell-being,第5章では自然体験といった日常場面を中心としたテーマが扱われている。さらに第8章では,宗教的意味づけ機能や無意識的要素から日常にある宗教的行為について考察されている。多様な現象に対して,多様なアプローチを用いて迫っていく本書の内容は,宗教性が我々の日常に深く関わるものであることを理解させるだけではなく,我々が生きる社会で生じる現象に改めて注目してみることの面白さを感じさせるものである。また,未曾有の大災害における宗教性の機能や役割を明らかにしていくことは,人間とは何かという本質的な問いに迫るもののようにも感じられた。したがって,本書は,宗教性にアプローチすることを通して,心理学の面白さや奥深さを読者に伝えていると考えられる。
 以上のように,本書は日本人の宗教性を明らかにするだけではなく,心理学の面白さや奥深さを感じさせてくれる一冊である。しかし,本書には,まとめや結論を述べる章は設けられていない。それは,日本人の宗教性に関する研究が始まったばかりであること,日本人の宗教性の多様さを示すことに目的があったことに起因するのであろう。同時に,紹介者は,著者から読者に対して「宗教性に関する思考停止状態を脱して,宗教性や宗教性が関わる現象の面白さや興味深さを見つめましょう」という宿題が出されていると感じた。今後,宗教性の研究が発展していく中で多様なアプローチをまとめ上げ,何らかの結論を出していただけることを期待しつつも,我々なりに社会現象を見つめていくことが求められているのであろう。(文責:古村健太郎)

・図書紹介の執筆にあたり,(株)誠信書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2016/12/1)