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自尊感情の心理学 理解を深める「取扱説明書」

(中間玲子(編著),2016,金子書房)

目次(執筆者)

はじめに
リーディングガイド

Ⅰ 自尊感情の心理学
第1章「自尊感情」とは何か(中間玲子)
第2章 自尊感情と本来感――どちらも大切ですよね(伊藤正哉)

Ⅱ 「自尊感情」に関連する諸概念
第3章 自己効力――私の能力はどの程度?(安達智子)
第4章 時間的展望――過去のとらえかた、未来の見通しかた(半澤礼之)
第5章 動機づけ――自律的学びを支える(伊藤崇達)
第6章 達成目標――前向きな目標をもつ子どもを育てるために(畑野 快)
第7章 社会情動的スキル――自己制御・情動制御・共感性など(佐久間路子)
第8章 過剰適応――「よい子」の問題とは(石津憲一郎)
第9章 レジリエンス――回復する心(小塩真司)
第10章 幸福感と感謝――幸せに生きる(池田幸恭)
第11章 心理的ウェルビーイング――よく生きる(西田裕紀子)

Ⅲ 「自尊感情」概念再考
第12章 自己の理解のしかた――自己の全体-部分の関係(溝上慎一)
第13章 自尊感情の進化――関係性モニターとしての自尊感情(佐藤 德)
第14章 「自尊感情」概念の相対化(中間玲子)

 

 「自尊感情を高める」ことを目的とした教育目標や研究計画をみて,どこか違和感を覚えたことはないであろうか。私たちは,自尊感情についての測定値が,いついかなるときも「最高得点」を示すような人間であることを目指しているのであろうか。また,自尊感情を高めようとすることによる弊害は何もないのであろうか。
 本書は,このような「自尊感情を高めよう」という働きかけに対する違和感を丁寧に論じ,「自尊感情を高めること」の価値が拡大解釈されることに警鐘を鳴らす貴重な一冊である。本書が読者に訴えかけるポイントは大別して2点,(1)自尊感情の多義性と,(2)自尊感情の暗部である。

(1)自尊感情の多義性について
 本書では,「自尊感情」にまつわる第一の問題として,「自尊感情」が非常に広い包括的名称(umbrella term)として用いられやすいこと,すなわち複数の望ましい心理的要素が十把一絡げに「自尊感情」と扱われてしまうことが懸念されている。その理由は,「望ましい状態になることと自尊感情が高いこととが渾然一体」(p.192)となることで,自尊感情を高めることそのものが目的化された,ある種の思考停止状態に陥るためである。もし実際に自尊感情を高めることが常に善であるならば,これは大した問題ではないかもしれないが,実のところ「自尊感情を高める=善」を肯定する実証的根拠は乏しく,自尊感情と望ましい状態の因果関係は必ずしも認められないばかりか,ネガティブな影響を報告する研究さえ散見されることが指摘される(自尊感情の暗部として後述)。すなわち,残念ながら,自尊感情を高めることは社会的に望ましい状態に至るための万能薬ではない。
 編著者は読者に対し,自尊感情を高めることによってそもそもいったい何を目指そうとしていたのか,その目的を個々の文脈に応じて具体化することを勧めている。それが,第2部(Ⅱ 「自尊感情」に関連する諸概念)である。第2部では,自尊感情に関連する諸概念に着目し,「あなたが問題意識をもっている対象は,『自尊感情』というよりも,むしろ『○○』ではないですか。」といった具合に,教育目標ないし研究対象とする概念を自尊感情から置き換えられる可能性を指摘する。より適切な概念に沿って考えていくことで,当該の問題に対するより建設的で具体的な理解や支援を目指そうとしているのである。解説される概念は,「自己効力」(第3章),「時間的展望」(第4章),「動機づけ」(第5章),「達成目標」(第6章),「社会情動的スキル」(第7章),「過剰適応」(第8章),「レジリエンス」(第9章),「幸福感と感謝」(第10章),「心理的ウェルビーイング」(第11章)である。さらに,自尊感情に取って代わる比較的新しい概念として,「自尊感情と他者を尊重する態度のバランス」や「恩恵享受的自己感」,「自己への慈しみ」も紹介される(第14章)。それぞれの章を読むことで,それまで漠然と捉えていた「自尊感情」という関心の対象は,実は別の概念とした方が適切であることに気付くことができるかもしれない。

(2)自尊感情の暗部について
 「自尊感情」にまつわる第二の問題は,高い自尊感情を有していることや,自尊感情を高めようとすることによるネガティブな影響,すなわち,自尊感情の暗部である。第13章の前半ではとくにこの暗部についての言及がなされる。具体的には,自尊感情を高めようとすると生じる良くないことの例として,(a)他人の気持ちや欲求を無視するようになること,(b)外集団を差別するようになること,(c)失敗や批判から学べなくなること,(d)攻撃的になることが紹介される。また,このような良くないことが出現する背景として,第13章の後半では,そもそも我々は何のために「自尊感情」を抱くように進化したのかといった,自尊感情の起源に迫られる。自尊感情の起源は,「優位性モニター説」と「社会的受容モニター説」があるとされる。それぞれの詳しい解説は本書を参照してもらうこととして,いずれの説にも共通の考え方である,「自尊感情の機能を『自身のおかれた状況をモニターするための媒介装置』として捉えること」が,自尊感情を再考する上では重要となる。なぜなら,この捉え方によれば「自尊感情(だけ)を高めること」は,「モニターをいじること」に他ならないためである。本当は100km/hで走行している自動車のスピードモニターが,40km/h(現実から逸脱した値)を示すように改造してしまえば,様々な交通事故を犯してしまうのは当然であろう。また,自尊感情が低い値を示す者の一部は,現実に生じた経験を適切に反映した結果ではないかといった解釈も可能になるであろう(例えば,おもちゃを独り占めしたことで友だちに仲間にいれてもらえなくなり,自尊感情が低下するケースなど)。そのような過程を経て低い値を示す「ソシオメーター」としての自尊感情を,改めさせることは本当に必要なのであろうか。
 このように,自尊感情の機能を自身の適応状態を把握するためのモニターとして捉え直した場合,単に自尊感情が高い値を示しているといっても,その実態は高低とは異なる次元で,社会形態や文脈,個人の知識・経験等に依存して様々に異なっており,単純にその高低だけで良し悪しを判断できないことがわかる。したがって,自尊感情の質や,自己理解がなされる過程を合わせてみていくことが重要とされるのである(詳しくは第1・2章,第12章)。このように考えていくと,少なくとも,単純な単一時点での自尊感情の高低は,もはや望ましい社会適応状態を測る指標としては機能しなくなる。自尊感情は「今や,必要ないとさえいわれる,肩身の狭い概念」(p.174)であるとされるのも頷けよう。

 本書の主眼は,このように「自尊感情を高めよう」に対する批判的な視点を提供することで,「自尊感情」という概念についての理解を深めることにある。これまで漠然と「自尊感情」に関心をもっていた人は,本書を読みすすめることで,その問題意識の対象は,より具体的で明確なものへと代わるであろう。(文責:澤山郁夫)

・図書紹介の執筆にあたり,株式会社 金子書房のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2017/11/1)