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暴力の解剖学 神経犯罪学への招待

(レイン・エイドリアン(著), 高橋 洋(訳),2015,紀伊國屋書店)

目次

はじめに
序章
第1章 本能――いかに暴力は進化したか
第2章 悪の種子――犯罪の遺伝的基盤
第3章 殺人にはやる心――暴力犯罪者の脳はいかに機能不全を起こすか
第4章 冷血――自律神経系
第5章 壊れた脳――暴力の神経解剖学
第6章 ナチュラル・ボーン・キラーズ――胎児期,周産期の影響
第7章 暴力のレシピ――栄養不足,金属,メンタルヘルス
第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル――各ピースをつなぎ合わせる
第9章 犯罪を治療する――生物学的介入
第10章 裁かれる脳――法的な意味
第11章 未来――神経犯罪学は私たちをどこへ導くのか?
訳者あとがき

 

 「生まれつきの悪」はいない。多くの人がそう信じたいはずである。研究の歴史的背景としても,暴力や犯罪に生物学的基盤を主張することは差別を肯定する立場のようにとらえられ,受け入れられがたかったようだ。本書の著者であるA. レインは神経犯罪学の研究者として長年暴力の生物学的基盤を研究しており,本書には,暴力には生物学的基盤が存在すること,および社会から暴力を削減するために,暴力に対する生物学的な観点を考慮することの重要性について記されている。著者は研究活動だけではなく犯罪者の弁護団の相談係として裁判に参加するといった実践的な活動も行っている。本書でもこのような著者の実践的な活動をもとにした犯罪者の実例が挙げられている。
 著者が繰り返し記しているように,本書では,生物学的要因を有する者が必ずしも犯罪や暴力を行うと述べられているわけではない。むしろ,本書が一貫して主張していることは,「生物学的要因と社会的要因との相互作用 (バイオソーシャルな相互作用)」によって複雑に暴力が形成されることである。このことを,著者は本書の第8章まで順を追って説明している。本書では,特に,犯罪者の脳に焦点があてられているが,遺伝子や神経伝達物質,自律神経系など幅広い観点からの知見が集約されている。そのため,暴力の生物学的基盤に関する包括的なプロセスを学ぶことができる。脳機能に関しては第3章と第5章で中心的にとりあげられている。前頭前皮質や扁桃体をはじめとする暴力に関与するさまざまな脳領域がどのような働きを行い,暴力犯罪者とそうでない者とではどのように異なるのか説明されている。第6章と第7章では,脳の構造と機能を損なうことに影響する環境要因について説明されている。発達初期のさまざまな要因や,脳や認知機能の発達に必要な栄養素など身近な内容がとりあげられているため,一般読者や暴力や神経犯罪学が専門ではない読者も読みやすい内容ではないだろうか。そして,第8章では,本書の主眼であるバイオソーシャルな相互作用についてまとめられている。特に,社会的要因が生物学的要因に影響を与える過程や,生物学的要因の影響を緩和する過程など,生物学的要因と社会的要因の複雑な相互作用を丁寧に解説している。また,この章で記載されている暴力の機能的神経構造モデルの図は,脳の各領域が認知・感情・行動の側面から暴力へと結びつく過程を総括しており,本書で説明されている膨大な知見を整理することに役立つだろう。
 第9章から第11章では,これまでの章で述べられてきた暴力に生物学的基盤が存在することを踏まえて,社会から暴力を削減するために生物学的要因と社会的要因の双方にアプローチする実践的な側面を検討している。実際の介入研究の紹介から始まる第9章では,生物学的要因への具体的な介入手段が記されており非常に参考になった。さらに,第9章から第11章では,犯罪に対する倫理的問題を含めて,今後どのように犯罪に対処していくべきか検討するとともに読者に対して問いかけを行っている。仮想シナリオによる大規模な政策案など読み応えがある内容となっているため,詳しい内容は実際に本書を読んでいただきたい。訳者の高橋氏が記すように,著者の提言に関して賛否は分かれると思うが,司法や教育などの場面における倫理的問題について,読者自身が考える機会を提供している。
 先に述べた通り,本書では実際の犯罪者を例に挙げわかりやすく解説されている点が特徴的であり,膨大な情報量に対して読者が関心を維持しやすいよう,読みやすいよう工夫されている。もちろん,本書でとりあげられた事例は典型的な例であり,必ずしも全ての犯罪者や暴力に走る者にあてはまるわけではないと考えられる。しかし,本書では,犯罪者のタイプ (衝動的に暴力に至る者や計画的に犯行に及ぶ者など) によって生物学的基盤に相違があることも,各章で着目している要因ごとに詳しく解説されている。さらに,犯罪者だけではなく一般人口への連続性の言及や一般人口を対象とした研究の紹介も行っている。そのため,本書は単純に犯罪者の脳がそうでない者と違うことを説明するだけにとどまらない,濃い内容となっている。
 著者によると,本書は「暴力と犯罪に関する革新的で刺激に満ちたアプローチをわかりやすく解説した入門書」として執筆された。そのねらい以上に,暴力をさまざまな角度から理解し再考する機会を提供してくれる一冊であるだろう。(文責:田村紋女)

・図書紹介の執筆にあたり,(株)紀伊國屋書店のご協力を賜りました。ここに厚く御礼申し上げます。

(2018/2/1)