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心理学・社会科学研究のための構造方程式モデリング:Mplusによる実践 基礎編

(村上隆・行廣隆次(監修),伊藤大幸(編著),谷伊織・平島太郎(著),2018,ナカニシヤ出版)

目次

はじめに
監修者のまえがき
第1章 構造方程式モデリングの基礎
第2章 Mplusの基本的な利用方法
第3章 回帰分析とパス解析
第4章 探索的因子分析
第5章 確認的因子分析
第6章 潜在変数間のパス解析(フルSEM):理論編
第7章 潜在変数間のパス解析(フルSEM):分析編
第8章 カテゴリカルデータの分析
第9章 適切な研究応用のためのチェックリスト
第10章 トラブルシューティング

 

 多くの心理学者の関心は,つまるところ因果関係の解明にあるといえる。構造方程式モデリング(SEM)は,パス図によって研究者の仮説に基づく定性的な因果モデルを表現し,調査データ等における相関関係から仮説モデルの妥当性を評価し,定量的な関係を推定することができることから,心理学者の関心にマッチした統計解析手法であると言える。また,近年のコンピュータやソフトウェアの発展によって,比較的簡単に実行できることもあり,SEMは様々な心理学研究で広く用いられている。しかし,SEMの統計解析としての強力さや,ソフトウェアの操作の簡単さとは裏腹に,SEMは本来,複雑な基本原理に基づいたものである。にもかかわらず,少なくない数の心理学者は,その基本原理についてはブラックボックスのままにしてしまうことによって,SEMは特に誤用が多く見られる解析手法でもあるといえる。そのため,SEMを実行する際には,使用者は基本原理や陥りやすい誤用について十分に理解し,注意する必要がある。そして,その理解の助けとなるものとして,わかりやすく,かつ基本原理に丁寧に踏み込んだSEMの解説書が必要となる。
 本書の「はじめに」で述べられているように,統計の解説書は,応用研究者が著したものと,統計の専門家が著したものの2つに大別することができる。前者は,とにかく目の前の研究を行うための分析やソフトウェア操作のハウツーに重点が置かれており,基本原理の解説が十分ではないものが多い。一方,後者は,数式を用いた原理的解説が中心であり,統計解析を行うユーザーのために,どのように実際の研究で応用していくかといった観点に欠けているものが少なくない。このような解説書の二極化の中で,SEMの初学者である大学生・大学院生の多くは,数式や難しい原理的解説を避け,目の前の研究にすぐに応用できる前者のようなハウツーに重点が置かれたテキストを選ぶことによって,基本原理をほとんど理解しないまま,誤った方法で統計解析を実行してしまうといった現状が見受けられる。このような解説書の二極化によるSEMの誤用の蔓延といった現状に対し,本書は,まさにこの中間に位置する解説書であり,なるべく数式を用いない平易な説明によって,SEMの基本原理についてページを割いて十分に解説するとともに,SEMのユーザーの目線に立った応用例や,SEMのソフトウェアであるMplusによる分析例,ユーザーが陥りやすい誤用を避けるためのチェックリストなどを備えている。統計の専門家ではなく,統計分析を実行するユーザーにとって,かゆいところに手が届く優れたSEMの解説書であるといえる。
 本書をパラパラとめくってみてすぐに気付ける点として,数式が極めて少ないことがあげられる。もちろん,数式は原理的理解をする際には有用にはたらくので,ない方が良いということではないが,それでも初学者によっては数式の多さにハードルの高さを感じて,読破を諦めてしまうことも少なくないだろう。本書はそれを避ける工夫がなされている。とはいえ,数式をほとんど使わないからといって,基本原理の解説が疎かになっているわけではない。本当の初学者に対しては,「パス図とはなにか」(1.1.1),構造モデル(1.1.2),測定モデル(1.1.3)といった極めて基本的な説明から,丁寧に記されている。一方,ある程度SEMを使ったり,論文で見たりする研究者にとっても,モデルの識別(1.2.4)や,局所解・非収束・不適解(1.2.8),欠測値(1.2.10),適合度がそれぞれ何を意味するか(1.3),予測と因果の関係(3.1.1),相関係数とパス係数の関係(3.1.3),潜在変数間のパス解析(フルSEM)を用いる利点(6.1)など,改めて理解したり,意味を発見したりできるだろう。また,それぞれが平易でありながら,本質的な理解を促すような構成にもなっている。更に,第8章では,カテゴリカルデータの分析についても,分析例を交えながら取り上げている。
 また,他にも本書の特筆すべき点として,第9章の「適切な応用研究のためのチェックリスト」,第10章の「トラブルシューティング」が含まれていることが挙げられる。本書を読破し,理解したつもりでも,実際に研究を行う際に実施すべきことや,注意すべき点を忘れていることもあるだろう(私はしばしばあります)。第9章のチェックリストは,そのような読者にとってうってつけのものである。研究デザインの考案や,データ収集後の分析の際に,本書をすべて読み返さなくても,このチェックリストを見れば,何を注意すべきだったのかをスピーディーに確認することができる。また,チェックポイントごとに,その根拠となる原理について解説した節が記してあるため,改めてその部分だけを読み返すことも容易にできる。また,SEMを行っていると,様々なトラブルに見舞われることがある。その際に役立つのは,第10章のトラブルシューティングである。ここでは,同値モデル,外れ値,識別,非収束,不適解などについての原理的解説と,それに基づいてどのように対処すべきかが著されている。この2つの章は,SEMユーザーにとって非常に心強いものとなるだろう。
 最後に,「監修者のまえがき」にも記されているが,本書はSEMの初学者である大学生・大学院生だけでなく,論文の査読者の先生方にもぜひ読んでもらいたい。SEMを用いた論文が多く投稿される昨今,査読の質が上がることによって,誤ったSEMの使用をなくし,査読紙,ひいては分野全体の発展に資することができるのではないだろうか。SEMを新しく知るためのはじめの一冊として,経験を積んだ研究者の改めての一冊として,いかがだろうか。(文責:坪田祐基)

(2020/2/1)